一般の家庭から広告社会もが、文字への関心を示していくなか、筆文字は単なるデザイン化された文字表現だけでなく、そこには訴求力があり、その作品には発想がいかに効果的、魅力的に伝えているかを考えたデザイン構成が秘められているからです。アート書、インテリア書も空間の環境デザインという視点から、社会的価値をもった役割になっていると言えるでしょう。
日本の社会がデジタル化を進める中、広告・デザイン業界では大きな変化が求められています。ネットメディアが躍進したことで、従来のマス広告展開は効果的でなくなっており、従来型の広告モデルから新たな活動領域を求め、広告コミュニケーションをリモデルすることが求められているからです。一方で注目されているのがインターネットをはじめとしたオンライン広告です。企業ウェブがメディア化し大きな影響力を持つと、マス広告枠を前提としないので広告会社の協力を必ずしも必要としません。しかも消費者に対する信頼性もありさまざまな情報も伝播していきます。これからは、「制作するものを聞く」という体質のシフトチェンジを図るとともに、ひとつの職種のスキルや知識だけに留まらない、バランスの取れた能力を持つクリエイターへのニーズも高まっていくと思われます。
デザイン書道は時代の息吹を体現した存在感であるのに、自らの『新しさ』の可能性を窒息させて伝統の中に埋没してしまい、立体的な文字の表現に高まっていない例が多く目につきます。では、修業などせずに素のままの存在として表現すればいいかとなると、そうもいかない。いくら素のままで魅力があっても、それを活かす『技』の修得なしには表現者として自立することはできないからだ。問題は可能性の開花と技の修得が合致することだろう。また、癖と個性を取り違え、癖で勝負する例はよく見受けられるが、癖と個性は別物であり、癖から解放されることなしに個性は輝くことはないように思われる。癖はゆがめられた自然であり、それを正し、自然を再発見する事で『個性』が姿を現すのではないでしょうか。
デザイン書道は、まず第一に読めること、それぞれの物の内容に合っていること、そしてインパクトがあること。しかし、自分が思うように書いた文字を、相手に理解させることは難しいことです。どんな立派な書道理念も商品化されて自由競争の市場にさらされ、利潤を生まない限り生きられない。筆文字はまぎれもなくサービス産業の一部であり、大衆の満足度を基準にして動いています。現代社会で一番の権力者は庶民です。だから求められているのは庶民の書かもしれません。コマーシャルベースの仕事では、テーマはいつも相手から投げ込まれて来るものですが、それをどう受けとめ、どう投げ返すかが私たちの仕事だと思います。