●文字のチカラ/序章
2012年4月30日〜5月5日までの6日間、福島県二本松市内にある仮設住宅を中心に、復興応援『文字のチカラSHOプロジェクト』「筆」で自由に文字を書こう〜思いや気持ちを筆に託して〜というスローガンのもと、6カ所で計7回のデザイン書道のワークショップを開催いたしました。
昨年の震災でいまだ不自由な生活を余儀なくされている方々、そして懸命に生き抜こうとしている方々の内に秘めた思いや心の叫びを、筆文字を通して響かせたいと考えました。
筆に託した表現には、言葉以上の強いメッセージを秘めていると感じます。参加した皆さんには「思い」「気持ち」「希望」を筆に託して、言葉や文字で自由に表現していただきました。そして私たちは、そのメッセージを受け止めながら共に前進していきたい、そんな思いでこのプロジェクトを企画いたしました。
今回の企画で用意したのは硯・下敷き・文鎮を各30セット、墨汁20本、半紙5,000枚、画仙紙の色紙300枚。そして「がんばっぺ福島」と名入れした筆230本。ご参加いただいた方々にプレゼントさせていただきました。
一週間宿泊した「岳の湯」の建物
4月29日午後1時過ぎ、明日に向けて車に積んだ書道用具一式、そして久木田デザイン書道塾の生徒さんや応援してくれたJDCAの協会員、また協力をしていただいた関係者の皆さまの思いものせていざ出発。
宿泊先の福島県二本松市岳温泉までは東京都中央区から約270キロの距離だ。レンタカーのナンバーも横浜26-39で風呂サンキュー。いい感じだ。車は渋滞する事なく宿泊地である岳温泉の「岳の湯」に夕方到着。この宿は木村さん姉弟がお二人で経営し、また公衆浴場でもあるのでお二人でいつも番台に立つ。人柄も落ちついた雰囲気でここの温泉街を象徴しているようだ。
まずは辺りを散策。近くに岳温泉神社があったので、今回の企画が無事に終えることを願い参拝する。温泉街下の「桜坂」の並木に咲いているソメイヨシノが見事に満開だ。これほどまでに美しく咲いている桜を見たのは記憶にない。宿の私の部屋からもそれを見る事ができる。さあ、明日からの準備をはじめる。
宿泊した部屋の中
窓から見える桜やモクレン
●文字のチカラ/その1
ワークショップ初日は、二本松市内から数キロ離れた塩沢農村広場にある仮設住宅の集会所だ。ここには浪江町から避難している被災者が大勢いる。しかしどこかひっそりとした雰囲気だ。
塩沢農村広場周辺の景色
仮設住宅内にある集会所
塩沢農村広場にある仮設住宅
集まってくれた中で70代のご夫婦が参加してくれた。書は父親がうまかったと話してくれたご主人は、「忍耐」という文字を懸命に書こうとしていた。仕上がった作品は力強く、文字のカスレからはその思いが胸を突き刺すほど伝わってきた。辛い。
奥さんは「春」を書いた。水墨画を趣味にしていたが、津波はその道具を全てさらっていったと言う。悲しい。そして50代の男性は「帰望」という文字を書き故郷に戻りたい思いを私に伝えてくれた。
その横で小学生の男の子は「神さま」と書いている。一本の筆で少しでも希望を感じてもらえただろうか。そうあることを祈りたい。そのために私はここに来たのだから。最後にその小学生が「気合い」を書いて欲しいと言って来た。私は気合いを入れ直して書いた。君の未来は明るくそして輝き、気合いの魂を胸にこの町を築いてほしいと。
小学生の女の子と参加した母子がいた。母親が最後に「輝」という文字を私にリクエストしてきた。それとなく聞くと、ご主人の墓碑に刻まれた「輝」とい文字を見ていると、いつも神々しく見えているという。今回私のワークに来たのも、その思いを部屋に飾りたい気持ちがあったようだ。その文字を私が書いた。うれしそうな表情で、この文字を一番上に飾りたいと。心の叫びを受け止める。
※この日の模様が5月3日の福島民友新聞社に写真付で大きく掲載された。
ワークショップの模様
福島民友新聞社の掲載記事
●文字のチカラ/その2
2日目は二本松市立東和中学校2年生全員を対象に、5・6時間目を総合学習として授業を行った。
二本松市立東和中学校
私のワークが中学の授業になるとは思わなかった。とはいえ、私は高校時代に体育の先生を志した事もあったので、このようなカタチでも教壇に立てた事は嬉しい限りである。60名余りの生徒を前に校長先生から紹介を受けた。作務衣姿の私もみなさんにご挨拶。すると、よろしくお願いしますと元気一杯の返事だ。かわいいのだ、かわいいぞ。
ここには浪江町から避難し、仮設住宅から通学している生徒も10名程いると言う。授業内容は、古典書道とデザイン書道の違いや文字表現のコツ、線質のバリエーションから紙面構成まで幅広いカリキュラムを分かりやすく用意した。
授業風景1
授業風景2
授業風景3
最後は14才の叫びを文字に書いてもらう。筆で自由に文字を書く面白さを体感した生徒たちは思い思いに表現している。
ひとりの生徒にデザイン的な書き方の例を見せたら瞬く間にあちこちからお呼びがかかり、広い教室を目まぐるしく動く事になった。このような状況では女子生徒は途端に活発になる。挙げ句には私の名前を書いて欲しいとか、少女時代と書いて欲しいだの、ほぼ炎上だ。
授業風景4
授業風景5 ワイシャツは校長先生
ひとりの男の子のリクエストは、「生きるよろこび」という言葉だった。どのようなレイアウトで書けばいいか聞いてきた。私は渾身の力を込めて手本を書いた。原発避難区域ギリギリの場所にいるこの子たちを命を張って守らなければいけない。
授業風景6
学年代表からお礼のご挨拶
●文字のチカラ/その3
霞ヶ城の桜
二本松市の代表的な見所は霞ヶ城である。3日目はその近くにある郭内公園仮設住宅の集会所だ。
時間になるまで仮設内の人に「筆で文字を書きませんか」と声かけをしてみた。ひとりの方が「それどころじゃねえ」と怒られた。わかる。車椅子できた方がいた。わざわざ福祉タクシーに乗ってやって来た。浪江町役場のホームページを見て知った方で、一番に予約をしてきた人らしい。ありがたい。
明るいひとりの女性が活発に質問してくる。「何枚か書いたので私の文字見てください」私とひとまわり違うと言っていたので36才だ。可愛らしい女性なのだが驚くほど白髪が多かった。その太い白髪が彼女の被災者の現実を物語っているようだった。 帰り際、大事そうに筆を持った彼女が言った。「仮設で書道ができるとは思わなかった」と。また来ますと心の中で返した。
「幸」という文字を書いていたお年寄りが「浪江には帰れないぺ」と悲しそうにつぶやいている。答えられない。
少し休憩の間、外に出ると腰を曲げたおばあさんが一人立っていた。どうぞ中に入って筆で文字でも書いてみませんかと誘ってみる。 「こんな年寄りだから文字はかけねえ」と恥ずかしがっていた。見るだけならと言うので、集会所まで手を添えて入ってもらった。 おばあさんにとってここの仮設はさぞや辛いことだろう。人の助けがなければ出掛けることも、買い物さえ行くこともできない場所だからだ。
しかし、ここにいる人も自分が生きていくことに精一杯の人たちなのだ。浪江町の人たちにとって仮設住宅の場所は本人が望んで決めたわけではない。学生は比較的学校から近い所というような決め方なので、何もしていないお年寄りは条件が厳しい場所にまわされているようだ。
この連休は車を運転できる人たちは、仮設から出て親族や知人のもとへ泊まりに行く人も多いと聞いた。助け合う気持ち、支え合う思いが続いてくれることを願う。ふと気がつけば、さっきのおばあさんは部屋からいなくなっていた。
ワークショップの模様1
ワークショップの模様2
●文字のチカラ/その4
4日目は二本松から25キロほど離れた福島市内にある岸波ビルでのワークである。ここは15人ほどで一杯になるスペースなので午前と午後に分けたダブルヘッダーで挑む。すでに予約で満席になっている。
この企画に協力してくれたスタッフのおひとりが岸波さん。岸波さんはここから近い伊達市から私の塾に通っている生徒さんで、その義姉夫婦が経営している酒屋さんがその会場。
参加された人たちも酒造関係の方も多く中には新潟から来た女性もいた。その女性は中越地震の時に被災した人だった。この企画を岸波さんから聞き5時間もかけて来たという。きっと思いを共有したかったのだろう。思いの絆。
参加者と記念撮影
参加者と記念撮影
皆さんは慣れないと言いながらも、筆を楽しそうに使っている。筆と墨で自由に楽しむことは、ひとりより大勢の方がきっと楽しい。そして初めて会った方々と筆文字を通して交流する時間は私にとっていつも意義深い。
スタッフの方々との会食
この夜この企画に協力してくれた山田あかねさん、岸波恵子さん、そしてそれぞれのご主人ら9人で会食をした。みんな明るく楽しかった。私がひとり脇の方でタバコを吸っていると、店のお客さんから突然声を掛けられた。どっから来たの?横浜からちょっとボランティアで来ました。じゃあこっちにおいでよと言ってお酒を注がれた。いやいやご苦労さんだね。除染しに来たんでしょ?しばらくその人と話がはずんだ。
●文字のチカラ/その5
ワークショップの模様1
5日目は二本松市内にある勤労者研修センター。ここはすでに30名の予約でいっぱいになっている。小学生からお年寄り、はたまたセーラー服姿の女子高生まで幅広い顔ぶれだ。福島民友新聞社の告知記事を見て参加された方も多い。
最初は緊張ぎみの皆さんだったが次第にテンションが上がってきた。みんな声を揃えて筆を持つことが久しぶりだと言う。 その表情はとても明るく、ワクワクしているような気持ちが伝わってくる。途中休憩の間、二人の女性がiPadを出してゴソゴソしている。聞いてみると、このワークショップの事をつぶやくという。広がれ人の輪。
花という文字をモチーフに、半紙にアート的な創作に励んでもらった。いくつかポイントをレクチャーする。ホワイトボードにさまざまな花の作品が並んだ。人の作品を鑑賞するのは楽しいようだ。
ワークショップの模様2
ワークショップの模様3
気に入った作品に手を上げてもらった。票数が多かった作品の中に80代に近いだろうか、その方の作品が選ばれた。この作品のいいところを私が説明した。墨の潤いやカスレ、バランスなどの景色が見る人に心地よさを感じさせる。加えて何より力強い。書道経験があることはすぐに分かったが、日本人の美意識は概ね同じであることを教えてくれる。年齢に関係なく、人を感動させ楽しませてくれるのもデザイン書道のいいところだ。
参加者の作品
最後は、本人が色紙にそれぞれの思いを文字にしてもらう。終了予定の16時になってしまった。皆さんのリクエストに応えて文字をプレゼントしたいのだが時間がない。みなさん時間は大丈夫ですか?だいじょうぶで~す。みんな歓声を上げて喜んでくれた。喜ぶ顔がうれしい。この日に参加された方々からさまざまなお土産をいただいた。温かい心をいただいた。
皆さんのリクエストに応えて奮闘
勤労者研修センター
●文字のチカラ/その6
今日は子供の日。最終日は二本松市の大平農村広場の仮設住宅だ。ここは市内から離れた山里にある。静まり返った部落、コンビニは勿論、商店も見当たらない。高台にひっそりと並ぶ仮設には鳥のさえずりが響く。
大平農村広場の仮設住宅/ここは木造
大平農村広場周辺の景色
ここの自治会長さんに挨拶した後、あたりを歩き窓越しに参加を呼び掛けた。しかしどこか勧誘を断るような表情だ。思いが通じないだけではない。私たちとはあまりにも懸け離れた現実と向き合っているからだ。これまでもそうだが、ここにいる人はあの日から何も変わっていないのだ。忌わしい記憶と闘いながら、ただここで時が過ぎて行くだけなのだ。花壇に咲いている花がきれいだった。ここでは花は大切なもの。
ワークショップの模様1
会場には近所から母子4人で参加した人がいた。中学生の女の子、小5の男の子、そして小1の女の子。子供の日に来てくれてうれしかった。お母さんに聞くと、子供たちはみんな小1から習字教室に通っていると言う。そしてお母さんは書道の先生。書道一家でこの日を楽しみにしていたと言う。お習字デビューしたばかりの小1の子は筆を上手に扱っている。うまいぞ。
別の女性が、「ふるさと恋し」と書いていた。浪江町に帰りたい。そんな望みを筆に託している。初日に来ていた女性が今日も参加してくれた。実はここの仮設に住んでいる方だった。どうしても書いてほしいものがあるようだ。「宝」という文字の上に7人の孫の名前を書いてほしいという。わけは聞かなかった。私は心を鎮めてゆっくりと書いた。響けこの文字、届けこの思い。書き終わると深々と頭を下げてきた。心のなかで泣いた。
今日は子供の日なので、子供たちにはそれぞれの名前を書いて別に差し上げた。お母さんが帰り際に「子供たちと一緒に写真を撮ってくれませんか」と言って来た。家族で撮った。それぞれの家族の絆。
6日間にわたり被災の地、福島で筆を持ち続けた日々がいま終わった。
小学一年生がうまいぞ
ワークショップの模様2
参加した家族と記念撮影
あとがき
2012年5月 久木田ヒロノブ